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小飼弾の「本を読んだら自分を読め」を読んで

本を読んだら、自分を読め 年間1,000,000ページを血肉にする〝読自〟の技術を読んだ。

様々な人や場所に触れるように本も色々な種類なものを読むとよいことが分かる。 同じ著者の本が本棚の三割を占めたら注意する必要がある。なぜなら他の意見を受け入れることが減るからだ。 そして何より「本に読まれない」ことである。自分が本を読むのである。本に読まれてはいけない。

ベストセラーよりもロングセラーを読んだ方がいい。時間という篩にかけられた名作が残るからだ(著者は「時間の洗礼」と言っている)。 話題の本もどうしても読みたければ読めばいい。時代に合った本というのも存在するからだ。 しかし10年くらい経っても版を重ねていれば十中八九名作である。そっちを読んだ方が費用対効果がよい。 ここでいう費用とは時間である。 本は身銭を切ってこそ効果がある。だが、「ハズレな本」を買ってしまうこともある。「せっかく買ったのだから読まなきゃ」と思ってしまうかもしれない。 だが、その「ハズレな本」を読む時間を他の本の時間に回した方がいい。読書できる時間は有限である。もっといえばかなり貴重な時間である。 お金と時間、どちらが貴重かはその人の人生観だが、著者は時間を圧倒的に貴重だと考えている。

モノも思考も循環させないと凝り固まる。そうすると頭が固く中身がスカスカの人が出来上がる。 循環させるには本を読むことだ。しかも様々な本を。 本屋に行って「今日はn円以上使う」と決めて入店する。良い本屋は偏見がある。アインシュタインは「18歳までに得られた偏見」を「常識」と言ったそうだ。 自分に向いた偏見は自分にしか分からない。その偏見の弱点を良い本屋が薦める尖った本で埋める。これが重要。

読書会というのはあまり効果が無いと著者は言っている。本は基本一人で読むものであるからだ。自分のペースで好きなように読める。 輪読する価値があるのは大学の輪講程度である。堂々と孤独で本を読みましょう。

本を読むなら出来るだけ早いうちから沢山読みたい。教養とは自分で自分の脳を耕す力だと著者は言っている。 本に書かれていない事を読む(いわゆる「行間を読む」だけでなく他のデータを調べる等)。 これらの力を使って一冊の本を楽しむといのは素晴らしいことである。 本が読めるって素晴らしい。